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zoom RSS さて、

  作成日時 : 2009/05/24 07:42   >>

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 歴史小説といえば、ちょん髷、かんざし、帯・着物、江戸時代、日本刀、羽織・袴、

将軍、奉行所、封建、馬、駕篭、太鼓橋、百姓農民、商売人、一揆、打ちこわし、

忍者、甲冑、お城、街道、三度笠、寺、船宿、飛脚、大判・小判、大福帳、ソロバン、

筆・巻物、etc。

普通そのようなものを連想するのは、当方の世代だけでしょうかあるいは当方だけ?


以上は日本国内の場合のお話ですが。


当方が鼻水たらして、袖(そで)を黒光りさせながら元気よく学校に通っていた頃の

歴史のお勉強は、社会という科目の中で地理、政治経済などと相まって、中学校

まで連綿と続いたわけです。


唐突ですが、農業と牧畜の歴史について。


当方の義務教育の折には、ヒトは初めに狩猟・採集ありきで、後に牧畜を覚え、次に

農業に至るようなフォームで人類の文明はここまで来た。(ここでは割愛いたします

が、余剰生産物の賜物が商工業を誕生させた云々は無視しています。)と言う様な

ニュアンスのある教えだったような印象があります。


こと、国内では今西錦司が文化人類学として、提唱した牧畜の歴史がどうやら有力

視されているのが、当方の浅薄(せんぱく)・狭隘(きょうあい)な情報ソースから得た

知識で、それが歴史的に的を得ているのであれば、教育のスタンダードは当時の

それとは変わっているはずです。


話を簡単にして、つまり、牧畜を知る前に既に農業は始められていた。

牧畜は放牧も遊牧も、スキタイ人が先ず馬を手なずけ、乗馬を知り、羊や牛、鹿など

のような群れを成して草原を移動する集団に寄り添う様に着いていった。

そのスタイルが後々の牧畜へと進化していったと、いうわけです。


人類が牧畜で得た知識として有名なのが、去勢と交配。野生を家畜化するための

手立てですね。


司馬遷はその方法で罰として去勢されたのです。この事件がきっかけで、彼は史記を

残したそうです。

人類の偉大なる財産を構築したのですね。


その司馬遷の知る匈奴(きょうど)とヘロドトスが記したスキタイ人には民族から民族

へのその乗馬・牧畜の伝承が、誰が見ても見事に一致するのです。


今、教育はその辺りをどのように子供たちに授けているのでしょうか。


ちなみに遠い昔の文明国の衣服とは欧州ではギリシャやローマ、中国では商(殷)や

周・秦・漢・隋・唐・宋時代、ゆったりとしたインドのサリーあるいは着物様なもの

でしたが、乗馬した彼らはズボンとバックル(帯鉤)を開発し、今では服飾デザインの

スタンダードですね。

先進諸国の男性の服装100%に近いほど、このスタイルです。

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