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zoom RSS 楽毅以降。

<<   作成日時 : 2009/06/26 20:27   >>

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  征服された斉に一人の男がおりました。

史実では彼の名を田単(でんたん)と記しております。

彼は破竹の勢いを示す燕及び、その連合軍の猛攻は斉を圧倒する
だろう、と予測しました。

斉の庶民はそこまでは行かない、それは杞憂というものだ。
程度にしか感じていなかった頃のことです。

しかし、事実は反して天才楽毅に統率されていた連合軍は、今までの
想像を超える侵略を推し進めてきたのでした。

田単は街を捨て避難しました。

その折に車軸の先端に金具をはめて移動したので、それまで彼の言う
ことを訊かなかった人々もそれを真似て逃走するのです。

お陰で彼らは家事道具一式共々避難に成功するのですが、
そうしなかった人々は、

車軸がほかの車と接触した折につぶれてしまい荷車が壊れ、非業の死を遂げた者も少なくはありませんでした。

田単が落ち延びた先は即墨(そくぼく)という街でした。

斉はその間にも連合軍の侵略を受け、国土は削られていく一方です。

斉国民には成す術も無く、時は過ぎてまいります。

一介の胥吏(しょり)に過ぎない田単にとって斉国民や兵を統率する権限や力など当時はありませんでした。

彼は一計をこうじるのです。

つまり、他の権威を活用して人心を動かし、即墨を死守するのです。

そうこうしている内に楽毅の更迭を知り、これを好機として捉え、
あらぬ噂をでっち上げて流布し、連合軍の結束を乱し斉の国土
を回復していくのです。

後に、彼も楽毅のように、賞賛された後斉を出奔することになります。

人の猜疑や羨望、嫉みや妬みは古今を問わず不幸を招きます。

最も大きな被害を被るのは、それを垂れ流した本人であることも
歴史は記しておりますね。

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