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zoom RSS 歴史の嘘。

<<   作成日時 : 2009/08/13 05:28   >>

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これは絶対にあるものです。

何故なら、史実を残すのは殆んど勝者のみだからで

すね。

勿論、勝者は自己の都合の良い解釈で史実を残そうと

する。


でもって敗者のそれを、脚を棒にして取材する者達が

歴史の闇を照らす者共とも言えるのでしょう。

少なくともその人々が、真実を知ろうとする者であっ

てのことではありますが。


更にえぐる様に曝(さら)け出させる人々。

得てしてその様な彼等には、世間の熱い視線よりも醒め

た眼差しを向けられることが多かったことでしょう。


捏造を悪と捉える考えは、普通の人なら常識的に持って

いるはずです。

しかし、マジョリティーに知らず知らずのうちに、

押し流される。

これは個人々々の興味の希薄さや無知に宿る闇なのかも

しれませんね。


二足歩行は道具と他の生物にはない知恵の増殖の

加速を人類に与えました。



さて、無為に生きる道(タオ)は老子の説いた思想。

しかし、ヒトは利便と快適さを求めて、その表層だけ

を見てみると、それとは真逆な行動を取り続けてきま

した。それを考える時、老子の教えは深い意味を人に

投射したと言えるでしょう。


端的に言ってしまえば、知らないことの功罪と知る

ことの功罪。


どちらを取っても今回の題材の場合、ヒトは歴史に虚

実を造ったり、それに右往左往する罪深い存在なのか

もしれません。


そして何かを推し進め結果を残そうとするときに

人は先ず保守的になりがちでもあることを考えますと

すなわち前例を考え、歴史を参考にして先を洞察しよ

うとする行為は危険を孕(はら)むともいえそうです。


一方、普遍を見つめる眼を人類は持っている。

その様な歴史を冷徹に分析し、その真贋を探ろうとする

知恵もあるということです。


正に二足歩行のもたらした人類の宝とでも申せましょうか。


神はその様にして人類にルーチンな行動を取らせて、人に

進歩とか文化・文明を起こさせて時間の旅人にさせ、その

成り行きを俯瞰しているのかもしれません。

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